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[リアルアクションヒーローズ]美少女仮面ポワトリン発売記念! 花島優子インタビュー!


1990年に全51話が放送され、社会現象にまでなった
東映不思議コメディシリーズ第11作『美少女仮面ポワトリン』が、
あの前口上「愛ある限り戦いましょう。命、燃え尽きるまで。美少女仮面! ポワトリン!!」と
リアルアクションヒーローズ化! 

それを記念して『ポワトリン』終了から25年経った今でも、
バラエティなどに出演されている 花島優子さん(ポワトリン=村上ユウコ役)にインタビュー! 
実物は初見となるフィギュアの感想から当時の思い出話などたくさん語っていただきました。

1.初めて見たフィギュアについて

―3月3日放送の『バイキング』(フジテレビ系列で放送中の昼のバラエティ番組。
1コーナー「元芸能人1日限りの復活リサイタル」)にポワトリンとしてご出演されていましたね。

花島 そうなんです。凄く緊張しながら『悲しみに一番近い場所』
(花島さんのデビュー曲/『ポワトリン』前半のエンディング曲)を……歌詞が上に出るので、
それを見ながらなんとか歌いました。ここ何十年も歌ったことがないので、
近所のカラオケに入っていたから練習しましたよ(笑)。

―本当にポワトリンは今でも続いてますね。そこで衣裳も着られていましたね?

花島 もともと撮影で着ていた衣装のワンピースとマントだけは持っているんですけど……。

―一昨年に公開された映画『仮面ライダー × 仮面ライダー ウィザード&
フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム』の公開イベントで着られた衣裳ですね。


花島 そう。あの時は、「当時の衣装を着てもらう」って。
放映からもう23年たっているんですよ、着れるわけないでしょ! 
衣裳を合わせてみたら、やっぱり着れなくて。その時は、
イベントまで1ヵ月ほどあったから、頑張ってダイエットしたんです(笑)。
でも『バイキング』は、それから2年も経ってるからリバウンドもしているし、
オファーも10日ぐらい前で、ダイエットも無理だから「自分の衣裳は、着れません!」って(笑)。

―花島さんのイメージって、完全にポワトリンなんですね。

花島 花島優子って呼ばれることはほとんどなくて、ずっとポワトリンとしか呼ばれませんね(笑)。

―過去の様々なインタビューを拝見しましたが、ほとんどがポワトリン関係だったので、
本日は「新たに何か聞けるかな?」って不安な気持ちでうかがいました(笑)。


スタッフ フィギュアに関しては、初めて実物をご覧頂くので大丈夫ですよ(笑)。

花島 そうですね。超楽しみ!
(ここでフィギュアのポワトリンを初披露)
凄いじゃないですか! 本当に良く再現されてて素晴らしい。
とっても細かいし、表情も私って感じで、よく出来てる。
ちゃんとベルサーベルもあるじゃないですか! 
うわぁ~、感動です!!(感動した花島さんが制作スタッフに逆質問) 
なんで今になってポワトリンを作ろうと思ったんですか?

スタッフ 今まで色んな特撮TVのキャラクターを作らせていただいて
「もっと新しいファンに向けて」と考えた時、
女の子のキャラクターということでポワトリンを選ばせいただいたんです。

花島 なるほど~。(改めてフィギュアを見つめて)良く出来てる本当に。素晴らしい! 
もうそれしか言えないですね。

―1番気に入った部分はありますか?

花島 この前髪ですね。これ凄くないですか? 

スタッフ これ前髪だけ付けまつげで再現しているんです。
造型だと難しかったので初めてこの手法を使ったんです。

花島 全体的に、いろんなパーツが凄いんだけど、
前髪が一本一本ちゃんと出てて、これに私びっくりしちゃって……凄い!

―フィギュアに感動する中、お話を聞かせて下さい。
本放送から25年経ち、新たにフィギュアが作られましたが、最初にこの話が来た時、どう思いましたか?


花島 「え!? ウソだーー!!」って(笑)。
最初は「こういう話は、きっと流れちゃうんだろうな……。
25年も前の作品だし今更フィギアになってどうなの?」って思いましたよ。
でも反面「実現したら凄くいいな!」と思ってました。
期待しすぎて話が壊れたら嫌なので、必要以上に期待しないよう心がけましたね(笑)。

―気持ちにブレーキをかけていたんですね。

花島 でも具体的になって最初に完成写真を見た時は「え? 本当だったんだ!」って、
その時の感動と言ったら……。会社のパソコンに画像を送っていただいたんですけど、
社に私ひとりだったので「凄いー!」って叫びましたから(笑)。

―え? 途中経過は見てなかったんですか?

花島 いえ、事前に携帯のメアドをお知らせしていたんですが、上手くメールが届かなくて……。
次にFAXで送っていただいたんですけど、写真が真っ黒で全然解らない。
そこで最終的に会社に送っていただいたんです。
家にもパソコンはあるんですが、息子専用で私が勝手にいじれないんです。

スタッフ その時点で、ほとんど完成していたんです。すみません(汗)。

花島 だから会社で見た時が本当に初めてで、感動が凄かったんです(笑)。
私はここまで本格的なフィギュアだと全く思っていなかったので
「こんな実物みたいに作ることができるんだ!」って思いましたから。

スタッフ 逆に最初は、どんなフィギュアを想像したんですか?

花島 柔らかいタッチで作られた、もっとおもちゃっぽい感じの人形だと思っていたんです。
この仕上がりだと思ってなかったので本当にビックリしました。


2.『ポワトリン』当時を振り返って

―それでは改めて作品について聞かせて下さい。
過去のインタビューでは「素顔のアイドルとして活躍したいのに、
マスクを付けたポワトリンを求められて……」
みたいな胸中を語られていましたが、当時の気持ちってやはり複雑でしたか?


花島 いえ、実は複雑感はそんなになかったんです。
私は乙女塾(1989年~1991年までフジテレビが展開したアイドル養成講座。花島さんはその3期生)の
オーディションを受けて、すぐに『ポワトリン』の話が来たから、
当時は逆に「ラッキーかな!」って思っていました。
ただ前作の『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」(1989年全26話放映)や
「魔法少女ちゅうかないぱねま!』(1989年全23話放映)が可愛らしい魔法少女モノだから、
同じようにイメージしていたら、『ポワトリン』から
「ご町内っていう狭いエリアを守る正義の味方!!」になってて(笑)。
1番、ショックだったのが「仮面を着ける」ことと衣裳で「短いスカートを穿く」しかないということでしたね。
「全然可愛くないじゃん!」と思ったんですよ(笑)。
撮影が始まるまで少し違和感はありましたけど、始まってしまったらこっちも必死だから、
もう考えなかったです。そのうち監督さんが「優子ちゃん! カメラまたいで!」って言い出して
「普通に見えちゃうじゃないですか!」って。
まあ、そこはカットになりましたけど(笑)。
もちろん見えてもいいよう下に履いていたんですが
「放送できないでしょ!!」ってことを監督は平気でやらせるから(笑)。
そのうち恥ずかしさはなくなって、私自身も「恥ずかしいから出来ません!」と言う風にはなりたくなかったので。

―衣裳が恥ずかしかったというのは有名な話ですよね。

花島 そう。衣装合わせの時、最初は太ももの途中までスカートがあったんです。
そしたら周りにいたプロデューサーさんや監督さんが「長すぎる!」って言い出して。
衣裳さんが何故かハサミを持ってきて「これぐらいですか?」って皆さんが納得するまで、
どんどん切っていくんです。私は「あ、切られちゃった……」みたいな(笑)。

―マネージャーさんが「そこまで!」ってストップをかけるとかなかったんですか?

花島 その時、マネージャーさんはいなかったと思います。私はほっとかれることが多かったんですよ。
1回、夜中に高熱が出たことがあって、次の日も撮影があるので、朝方病院に駆け込んだんです。
さすがにその時はマネージャーさんも付いて来てくれたので良かったんですけど、
私を置いてすぐ帰ってしまって……最後まで付き添ってくれなかったんです。
マネージャーさんもきっと疲れていたんですね。
それはわかっていたのですが、私まだ17歳でしたし、
田舎から出てきてマネージャーさんにしか頼れるひとがいなかったので心細かったんです。
その時は凄く心細かったことを覚えています。
ほかにも嫌なことはありましたけど……。でも、もう忘れました(笑)。

―病院行った後は、休むことなく撮影に入られたんですか、ポワトリンってアクションも多いですけど?

花島 苦しかったんですけど、スタッフも前日、夜中の1時~2時まで仕事されていましたし、
中には風邪引いて「昨日まで熱が高かった」という方もいらっしゃったので、
自分だけぐだぐだ言ってられないじゃないですか? 
だから現場で決して弱音ははかなかったですね……言えないですよ(笑)。

―なんか頑張り方が半端ないですね。

花島 それは撮影の初日に遅刻しちゃったからなんです。
前日、緊張して寝れなくて、このまま起きていようと思っていたら、ふと気づくと寝てて……。
結局、1時間ほど遅れて現場に入ったんです。
本当に申し訳ないと思って「すみませんでした……」って言ってもスタッフは黙ってシーン……
もう恐怖を感じて「ちゃんとやんなきゃヤバい!」ってその日、朝からずっと後悔しっぱなしでした。
そこから「わがままは言えない……。衣裳を恥ずかしがってる場合じゃない! 
スタッフに迷惑をかけてはいけない!!」と思って監督さんに言われるがまま頑張ったんですよ。

―初日に遅刻は恐い……確かにもう頑張るしかないですね! 
でもひとりだと、いろいろ精神的に参ってしまいそうですが?


花島 途中で新しいマネージャーさんに変わるんですが、その方がいい人で、
私の事を心配して、凄く考えてくれる方だったので、そこで初めて救われるんです。

―それもあってですか、ポワトリンはシリーズの中盤から社会現象化していくんですよね。

花島 視聴率も良くなっていったと思います。
最初は、前作の『ぱいぱい!』や『いぱねま!』は半年だから『ポワトリン』も半年だと思っていたんですけど、
「花島にやる気があるなら1年やりたいんだけど」って。
その時はもうマネージャーさんも変わっていたし「ハイ!」って即答でした。

―もしマネージャーさんが変わらなかったら……。

花島 途中で気持ちが折れていたかもしれないですね。
とにかく仕事が大変で色々と追い詰められていたし、本当に心が弱っていた時もありましたから。

―過去のインタビューで「現場が凄く楽しかった!」と語られているんですが、
楽しくなり始めたのは中盤からなんですか?


花島 いえ、それは前半からです。皆さん気にかけて下さっていたので。
私がひとりだったのも、今にして思えば良かったのかもしれないですね。

―そんなポワトリンのキャラクターですが、演技や台詞は最初から違和感なく出来たんですか?

花島 やっぱり慣れですね。しっくりくるようになったのは、結構早かったですよ。
作品を見返したら解るんです。最初はぎこちないんですけど、何話だろう……
5話~7話ぐらいに「あ~慣れてきているな」って感じましたから。中学時代に演劇部に入ってて、
大げさな役ばかりやった時のクセで、台詞が大げさになってしまうんですね。
だからポワトリンの「~でございましょう」とか、
逆に良かったのかもしれないんですけど「自然な会話が出来てない」って
凄く指摘されて直すのに苦労しました。
あと出身が茨城なんですけど「会話のイントネーションが違う!」って指摘された時が2回ぐらいあったんです。
大阪弁みたいに全く違うとすんなり耳に入ってくるんですが、
私のようにちょっと違うのでは、どこがダメかよく解らなくて、直すのが難しかったんですよ。

―そういうイントネーションは撮影前に練習されるんですか?

花島 もう撮影は始まってて、それまでイントネーションのこと言われてなかったのに、
どんな台詞だったのか覚えてないですけど、
バリカン婆々(第6話「清く正しいバリカン婆々」)の回だったかな? 
途中で指摘されて何度も撮り直したんです(笑)。

―イントネーションって確かに大変そうですね! 
次にぜひ聞きたいのが劇中のオリュード(変身)についてなんです。
男装、特にヒゲのキャラクターが多いんですよ。


花島 そう、そう、そう。最初、一心太助(第2話「警視庁の女敏腕刑事」)あたりまでは
可愛らしいから「いいかな」って思っていたんですけど、徐々にヒゲやカツラが多くなって
「アイドルとしてデビューしたのに……」って思いました。
でも、それも思うに留まっただけで「もうやるしかない!」みたいな……
文句も言わずに良くやったと思います(笑)。

―根性が座っていますよね。全ての要因は初日の遅刻の恐怖なんですよね(笑)。

花島 そう、本当に。

―撮影で1番苦労したことって何でしたか?

花島 アクションでした。立ち回りを覚えないといけないけど、私は覚えが良くないんですよ(笑)。
最初の頃、受け身などアクションの基礎を教えてもらいに大野剣友会さんまで行ったんです。
くるっと回ったりは吹替えですが、殺陣は、自分自身で結構やってて頑張ったと思います。

―作品ではポワトリンの登場シーンって、凄く高くて足場の悪そうな所が多いですよね。

花島 そう。廃墟みたいな土地でのロケで、コンクリートの壁があって、5~6mぐらい? 
場合によっては10mぐらいあって毎回その上から登場していましたから。
ただ恐かったんですけど「出来ません!」と言ったことは1度もないんです。
今考えると「恐い」と言わなかったことがよくなかったのかも知れませんね(笑)。
あ、1回だけ、木の枝の真ん中に立たされた時は、捕まる所がどこにもないので
「折れたらどうしよう……恐い!」って言ったんですけど、結局やらされたんですよ。
当時は「恐い」より「やらなきゃいけない!」使命感が強かったから、
監督がどんどんエスカレートしてしまうんですね。

―そういう花島さんの頑張りがあったからこそ、ポワトリンも忘れられることなく
今に繋がっていると思うんです。ただエピソードでは、ポワトリンが出てない回もたまにあるんですよね。


花島 そう、ポワトリンプティット (ポワトリン=村上ユウコの妹、モモコが変身。
第29話「ディアブルの野望」から登場)だけの時は、
ここだけの話「ポワトリンが出ないんだ、休めるじゃない」みたいな安堵感がありました(笑)。
でも当時は、ほかの仕事が全然あるので、結局はあまり休めなかったんですけどね。

―当時は別な仕事でもポワトリンで出演されたこともあるわけですよね。

花島 なんだろう……最初は「可愛らしいアイドルになりたい」と思ってデビューしたんですが、
ポワトリンを引き受けた時点で可愛らしいアイドルは……オリュードの一心太助のあたりは、
まだ可愛らしく演じているからアイドルっぽいんですけど、
その後にヒゲをつけたあたりから、もう完全に諦めてますね(笑)。
ポワトリンは、被り物が多かったですから、
そういうイメージになっちゃったので当時はバラエティ出演が沢山ありました。
もう私はこうして生きてくしかないんだって(笑)。

3.花島さんにとってのポワトリンとは?

―今の年齢になってポワトリンというキャラクターに対してどう感じます?

花島 さっきも言いましたけど「ポワトリンは私だな」って思っています。
だから映画で二代目ポワトリンが登場しましたけど、あれは自分の中でイメージが違うんです。
二代目はスカートも凄くふわふわして動きにキレがあってね。
「うらやましい」気持ちもありましたけど、ちょっと"可愛らしすぎる"んです。

―え!? "可愛らしく"はダメですか?

花島 私は正義のヒーローが持つ"カッコ良さ"を演じたので"可愛らしい"と違うんです。
(フィギュアを指して)だってこれのどこが"可愛らしい"ですか?(笑)。

―確かに……ポワトリンは可愛らしいよりカッコいいですね!!

花島 ただ、その映画を小さな子供とお母さん達が見て……お母さん達の世代って私と歳が近くて、
当時『ポワトリン』を見ていた方も多いので 「懐かしい!」って思い出してくれたかな? 
と思うと凄くうれしかったですよ(笑)。

―今でも「ポワトリン」って声を掛けるられることは多いんじゃないですか?

花島 そうなんですよ。近所の飲食店の店長さんで、
親しくはないんですけど、コンビニで会ったとき時、
いきなり「握手して下さい!」って言われて「どうしよう……」みたいな(笑)。
30歳ぐらいの世代は覚えている方も多いみたいですけね。
でも20代ぐらいになると、もう解らないみたいですね。

4.現在の活動について

―そもそも花島さんは、芸能活動期間がすごく短いんですよね。

花島 1989年にデビューして5年ぐらいかな。『ポワトリン』に関して、やり切った感があったので、
そこで燃焼しちゃったかな……いや、それはない! ちょっと大げさですね(笑)。
結婚引退だったんですけど、その時「このまま家庭に入ってもいいな」って思っていたのは事実ですね。
でも今は、子供たちも大きいので、またお話があれば「やってもいいかな」って気になっています。

―期待しています! 現在、お仕事以外では母校の演劇部の講師をされているんですよね。
指導でポワトリン時代の何かが役に立っていることはありましたか?


花島 あります! アクションの受け身!! 演劇部で幼稚園訪問をしているんですけど、
そこで『ピーターパン』をやろうということになったんです。脚本を子供達に考えてもらって、
私が最後にチェックしてね。その中にピーターパンとフック船長の立ち回りがあるんですけど、
みんな受け身を教わってないんです。そこで私も久しぶりだったんですけど、
「教えてあげるから」ってやったらなんと出来たんですよ! 
みんな「うわー先生すごい、パチパチパチ!」って(笑)。
そういう所で、ポワトリン時代が役に立ってますね。

―先ほどアクションは苦労したと発言されていましたが、もともと運動神経はどうだったんですか?

花島 どちらかというと文科系でしたから全然ダメです。
バク転とかもアシスタントさんについてもらって撮影してましたから。
もともと私は『ファイナルファンタジー』とか『ドラゴンクエスト』とかRPG系のゲームがずっと好きで、
ハッキリ言うとアウトドアじゃなくてインドアなんです。
ポワトリンの時は、動けるように見えたのかもしれないけど、実は全く動けない。
だからずっと「自分で出来たらカッコよかったんだろうなぁ」って思ってて、
悔しかったので娘に器械体操習わせて、バク転を出来るようにさせましたから。
娘が小さい時に『ポワトリン』を見て「カッコイイ!」と思ってくれて
「やりたい」って言ってくれたからやらせたんです。
それで私も自分が出来たみたいな感じになって満足しました(笑)。

―親子2代で思いを遂げましたか(笑)。ちなみに今でもたまに『ポワトリン』を見返すことってありますか?

花島 最近はないですね。今日のインタビューで、また「見てもいいかな」って思いました。

―いやーまだまだポワトリンについて、いろんなお話があるので驚きました(笑)。

花島 もうポワトリンが私なんで、懐かしいし、ずっとこうして残って、
今回フィギュアになってくれてすごく嬉しいです。

―それでは最後に、大勢いるポワトリンファンに向けて一言お願いします。

花島 もう25年も経ってるのに未だにファンの方が覚えててくれるのは、凄くありがたいし、
フィギュアはとても素晴らしいので買ってくださった方は、これを当時の私だと思って
「可愛がってほしいな~」って心の底から思います。
今後もうフィギアになったりとかしないだろうから(笑)。

―でも、これきっかけで、またいろんなモノが出てくるといいんですけどね。

花島 そうですね。この間、東映の方たちとも話したんですけど
「もう一度やりたいね」みたいなこと言っていたので、また『ポワトリン』やって欲しいです。
その時は私はゲストでもいいし、お母さん役ででも出させていただきたいなって(笑)。

―ポワトリン親子の夢の共演みたいな展開があったら楽しいですね。

花島 いいですね! 未だに衣装は着てるんで(笑)。でも50代になったらもう着れない! 
着るなら今か45歳位までだな……それ以上は、もう無理! 
どんなオファーが来ても、あとは断るしかない(笑)。

© 石森プロ・東映


Profile
花島優子(はなしま・ゆうこ)/1972年生まれ。茨城県出身。
1989年フジテレビ系『パラダイスGoGo!!』の乙女塾3期生としてデビュー。
1990年『美少女仮面ポワトリン』で主演。村上ユウコ=ポワトリンとして一躍、脚光を浴びる。
また同年発表のソロデビュー曲『悲しみに一番近い場所』は『ポワトリン』前半、
そして2ndシングル『あなただけ Change Me』は後半のエンディング曲として使用された。
その後バラエティを中心に活躍し、1995年に結婚し芸能界を引退。
現在は、地元の不動産会社に勤務する傍ら母校・下根中学校演劇部の指導、芸能活動も再開するなど多忙な日々を送る。